2006年05月19日

音楽を聴く人と創る人

私の部屋には、割と多くのCDディスクがあります。新品で買ってくることもあれば、中古で大量に購入することもありますので、新旧がゴチャ混ぜの状態ですが、まぁそこそこはあるんじゃないかと思います。でも、世の中には上には上がいらっしゃって、放送局のようにたくさんのCDやレコードを持っているかたも大勢いらっしゃいますからね。私も持ってない曲はたくさんありますから、まだまだ足らないわけですが・・・。

一時期は、カセットテープなどで音楽を録音して、楽しんでいた時期があるのですが、曲が増えてくると、どこに目当ての曲があるかわからなくなるんですよね。まぁ一時的に聴きたいだけならいいのですが、保存しておきたい曲なんかは、どこにあるかわからなくなっちゃうのは致命的なわけで。そういう意味では、CDを買って保存しておくのは、ある意味において理にかなっているわけで。あとは、ジャケットという作品も楽しめますしね。お金はかかって仕方ないのだけど(汗)。

最近は、インターネットから曲を購入して、iPodのような機器で音楽を楽しむことが増えているように思いますから、ファイルをうまく管理しておけば、曲を失うことは無くなるわけで、よい世の中になったものです。最近のニュースで、音楽の著作権を管理するJASRACが、「パソコンも私的録音補償金の対象に」と主張していますから、音楽の楽しみ方の変化に対して、非常にナーバスになっている状況も垣間見えます。

音楽を含めた著作権を蔑ろにしたくはないというのは、私も感じているところですし、それについては、あまり異論を唱える人はいらっしゃらないと思うのですが、だからといって、音が出るものはなんでも私的録音補償金の対象にしようというのは、ちょっとやりすぎなんじゃないかなぁと思うわけで。

当たり前の話ですが、音楽には創る人と聴く人がいます。創る人は聴く人を楽しませるために音楽を創り、聴く人はその曲を聴いて楽しんで、創る人に感謝します。その感謝のしるしが今はお金で換算されているわけです。著作権法はその流れの核になる取り決めで、とても重要なものなのです。Winnyなんかで音楽を拾ってくるなど、言語道断なのです。

著作権法の目的には、このように書かれています。


第一条 この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。


つまり、音楽のような著作物は立派な文化であり、その文化を創り上げた人の権利を守るべきなのですが、逆にその著作物が文化の発展に寄与できなければ、意味がないわけです。究極的には、音楽を創る人が「音楽を創りたい」と思えるような決まりを作るのと同時に、聞く側も「音楽を聴きたい」と思えるような決まりでないといけないわけです。

さて話を少し戻しますが、先ほどの「パソコンも私的録音補償金の対象に」っていうのは、聴く側にとって承服できる内容かといえば、ちょっと辛いんじゃないかなぁと。逆に、パソコンを私的録音補償金の対象にしなかったら、創る側のモチベーションが地に落ちるのかといえば、そうかな?という感じもするし。なんかこのままいったら、ちょっと歌を口ずさんだら著作権料を徴収されそうなイメージにつながったりして。まぁそんなことは起こらないでしょうけど。

音楽を聴く側の人は、創る側への感謝を忘れないようにすべきでしょうが、聴く側の人が「音楽なんてまぁいいや」てなことにならないように、ルールを作って欲しいと願います。あまりにも使いにくいルールのせいで、音楽そのものが廃れていくのは、著作権法のポリシーに反すると思いますので・・・。
posted by 「なにかな」管理人 at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・映画
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